「ねえ、これって何のいろ?」
どうしてか今、胸の奥のほうがじんわりと、沁みるように痛みはじめた。
その色はあったかい色なのか、否冷たい色なのか、自分にはわからなかった。
ちのいろ
「・・・手、熱くないのか?」
「?」
そう言われてじっと自分の手を見つめ、何秒か後に「わ、あっつい!」と今気づいたように海はそれから手を離した。・・・本当に今気づいたのだろうけど。
そして海が手を離した瞬間、胸の痛みは隠れたみたいになくなった。
まだ疼いているのが判る。はやく出して、と催促されている感じだ。
・・・まあそんなはずは無いだろ、となんだか言い聞かせるみたいに心に思った。
外を見ると、もう日が落ちていた。カーテンは開けっ放しで、天井の明かりもついていない。
たった一つ部屋の中で光っているのは、海が手を当てていたライトだけだった。
さっきまで暖房の効いた部屋にいた空は、はだしの足から床の冷たさがゆっくりと這い上がってくるのを感じて少し身震いをした。
ふ、と部屋が暗くなる。海がまた、煌々と光っていた部屋の隅っこの無機質なライトの電球に手を被せていた。
そうしてまた、こう問うた。
「ねえ、これって何のいろ?」
だいぶ冷えた足を海の方にゆっくりと進める。そのゆっくりの間にも胸の痛みは加速して、
息が苦しくなるような、焼けるような・・・そんな痛みに変わっていった。
でもなぜか、海の手の色から目が離せない。何か思い出しそうだ。
何だろう、と考えている間、かなり黙りこくったらしい。海がこっちをじっと見ていた。
ああ、そうか・・・まだ答えてなかったんだった。
「血汐、だよ」
「ちしを?」
「違う、ちしお」
「・・・それって、何?」
また手が熱くなるのも忘れて海はそう尋ねる。
別に言うのを躊躇うほどのものでもないのに、空はなぜか言うことに迷っていた。
痛みが、息を吸うたび、吐くたび、増幅してゆく。動けない。・・・痛みに、慣れてしまおうと思った。
そしてしばらくの時間を置いて、その間に海の手を電球から離しながら、やっと空は答えた。
「・・・血」
「血?」
「そう、海の中を流れてる血の、色だよ」
海が「わぁ、すごい」というのを聞きながら、空は治まりだした痛みの原因を思い出そうとしていた。
(ああ、そうか)
どこかで見た色だ、と思ったら、自分が生まれたときに見た、あの色。
――――――母さんが自分を生んで死んだときの、あの血の色。
まだ目なんか見えていないはずなのに、自分の中に流れ込んできたその色は、強烈に記憶に残された。
これが母さんのいろなんだ、と小さいころそう思っていた。・・・哀しいけど、今も。
自分に遺された名前とはまったく正反対の母さんのいろは、まるで「忘れないで」と叫んでいるようで。
だからこの胸の痛みはきっと、母さんの想いなんだ。そう思えば、この痛みだって愛しい。
けど、本当の理由はきっと違う。・・・ただ、
「―――――ただ、淋しかったんだ」
「・・・空?」
「・・・淋しいよ、海・・・」
途端、細い腕に抱き竦められた。
頭の上で声がする。
「あたし、いるよ」
ああ、泣きそうだ。柄にもなくそんなことを思う。
疼くのをやめた痛みが、静かにさよならを告げた。・・・心が、あたたかくなっていく。
「・・・・・ありがとう、海」
どうしようもない気持ちの中で、ちのいろがそっと微笑んだ気がした。