そっと鳥肌が立つのを、今僕は感じている。
それはなぜか無機質な感情で、体の中を根こそぎ抉られた様な感覚で、ただこみ上げてくるものも出るはずのものも、何も出てこなかった。
026:The World
スローモーションのように、なんてよく言うけれど、それはまさにこれなんだろう。
時が、泥の海の中で進みたくてもうまく進めなくて困惑している水鳥のように、とろとろと伸びていく。
自分の手は動くことをしなかった。脳が動けと命令しても、体は頑なにそれを拒んでしまう。
どうして、おれはこいつを助けたいのに?
・・・・・怖いから?血に塗れてしまったこいつの姿がおぞましかったから?
ドス、と鈍い音がした。
いつの間にかスローモーションの世界は終わっていて、目の前には嵩(スウ)が体の中に流れていた紅い血を流しながら倒れていた。
「・・・・・・すう」
何が起こっているのかなんてことは、俺の理解を超えている。
ただ視覚的のその情報を判断すれば、今起こっていることは「嵩が飛んできた弾丸に腹を貫かれた」ということになる。
「・・・・・・・嵩!!」
「・・・・・・さ・・・・・い」
ようやく反応し始めた体は、弾かれたみたいに嵩に向かっていた。
ザクッザクッと土と靴が噛み合って音を立てる。
ここは戦場だ。こんな事だってあるかもしれないとは、覚悟していた。していたはずだった。
けどそれは幸せな世界に居たときの自分のふわふわした薄い小さい柔らかいあまりにも簡単な覚悟であることに、俺は今になってやっと気付く。
体が震えている。頼りない、家にある鍋で作ったような鉄の帽子が更に頼りなく感じる。
政府は莫大な金を持ってるのに、どうして兵士を守ろうとしないんだ。判りきっている。俺たちはただの駒だ。けど。
「・・・犀・・・・」
今度は少しはっきりした声で、嵩が俺の名を呼ぶ。
血に染まった真っ赤な手が俺の汚れた頬に伸びて、すぐにぬるりとした独特の感覚を感じ取った。
その手をとった俺の手はやっぱりまだ震えていて。
「・・・今、救護班を」
「・・・い、い」
「よくない!!」
嵩は、笑っていた。
傷口を押さえることもやめて、ただ空を見ながら笑っていた。
代わりに俺がその傷口を押さえる。
流れ出す血はまだ生ぬるいのに、体はもう死んだみたいにつめたかった。
周りでは他の兵士が俺らを見やることも無く、敵陣に突っ込んでいく。爆発音、悲鳴、銃声、悲鳴、炎の音、悲鳴。
そんな音に二人の声が掻き消されそうで、俺は声を張り上げた。・・・嵩の声は、蚊みたいな声のままだけど。
「・・・空には、今ここで聞こえてるような・・・銃声も悲鳴も、何も・・・・ない」
「嵩、しゃべるな」
「・・・・ばかばかしいと、思わないか」
「・・・」
「何の争いも無い世界があるのに、なんで」
「どうして、人は戦いを繰り返すんだ?」
「・・・・そう、だな」
嵩が話すのを聞きながら、俺は泣いていた。
嵩は空の話をするのに、俺には空が見えなかった。その代わりに見えるのは、血の色だけ。
「犀、泣くなよ?」
「・・・泣いてねえ」
「・・・・・そうか」
よかった、とつぶやいて、嵩は微笑んだ。そしてそのまま、動かなかった。
「・・・・・・・青いな」
遅れて見上げた空は、哀しいくらい青かった。
どうして人は「空」という世界を求めるのか?
その答えはこうだ。
自分たちの世界が、あまりにも醜いことを知っているから。
血に染まった手と青い空は、まるで正反対の世界。
・・・ええええええ、と言われそう。いや、自分で言ってますな・・・(苦笑)
意味分からないのもいいとこだ。まとまってないし。うぐぬおおぉ(何
微妙に血とかの表現入ってるけど、隠したほうがいいのか・・・うーん。