「あ、降ってきた・・・」
鼻の頭にひとつ、靴の先にひとつ。
徐々に雨脚は強くなる。
「あぁ、しんどい・・・てか、寒い」
ローファーの中まで水が入ってきて、走るたびにバシャバシャ音を立てる。制服も水を吸い込んでずっしりと重い。
みんなによくほめられる栗色の長い髪も、今はうっとうしくてしょうがない。
今日は体育がなかったから、髪を結わえるものも持ってきてなかった。
これは女の子としてまずいんだろーか。ええい、今はどうでもいいそんなこと!
(今日も予報ハズレかあ・・)
マコは走りながら、朝見た天気予報をちょっと恨んだ。お父さんはあのチャンネルが好きだから、朝はいっつもその番組。
あたしは「モーニングスマイル!」が見たいんだけどなぁ・・・。
そんなことを考えてるうちに、目指していた商店街がやっと見えてきた。ココは田舎過ぎて、なかなか建物がないのだ。
カエルが鳴いてる。土も喜ぶ。でも、あたしには災難だ。
やっと見えてきた寂れた商店街の一番端っこ、もう随分前にシャッターを閉めた酒店のアーケードに駆け込んだ。
もう足が動かなくて、へた、とその場に座り込む。とりあえず屋根のあるところに来たはいいけど、これからどうしよう?
お母さん仕事だから迎えに来てもらえないし・・・
「・・・なあ、」
「うわっ!?」
びっくりして降ってきた声の方を見上げれば、男子だ。
(・・・この制服は、どこのだっけ)
同じように雨に降られたのか、ずぶぬれのブレザーを重たそうにはおっていた。
そんなこと考えてたら、彼は苦しそうにふっと噴き出した。
「・・・変な顔」
「・・・な」
そりゃたしかに化粧も崩れておまけに不機嫌で大変なことになってるかもしれないけど、
けど、仮にも女の子に向かってそんなこと言うか、普通!!
「どうもすいませんね、変な顔で」
「いや、べつにいいよ」
(・・・はああああ?)
さらに眉間にしわ寄せて、嫌みったらしく返してやったら今度はコレだ。
もうますます分からない。頭を抱えたくなるって、こんな気分か。
でもこんなヤツにイライラするのも勿体無いし、と思いなおし
ただ雨が止むのを待つことにして、冷え切った身体を抱えてだんまりを決め込んだ。
しかし、だ。
「なあ」
無口そうなのに、とマコはまた顔をしかめた。
気の抜けた声。低くもなく高くもなく、空気によく馴染む声だった。
心地よい声だ、なんて思ったのは気のせいだ、きっと。
ムシムシ、無視しよう。めんどくさいもの。また目を瞑る。
「・・・・・・・・」
「なあ、」
「・・・・・・・・」
(なんなんだこの人は!)
このまま無視し続けたら何度でも「なあ」と言っていそうなそいつに、
そしてまた自分だけイライラしているこの状況に、マコは折れた。
「・・・・・なんですか」
ぶすっとした顔のまま声を出すと、
彼は少し笑ったみたいだ。そうして、こう尋ねた。
「おまえ、雨好きか?」
「・・・・・この状況でにっこり笑って好きとは言えませんね」
なんたってずぶ濡れだし、おまけに初対面の男に変な顔なんて言われたのだ。
「はは、そりゃそーだ」
「・・・」
口には出さなかった心の声まで読まれていそうだ。
ちょっと焦る。
「じゃあ、好きになるように」
「?」
「持ってて、コレ」
そう言って彼は私の手を取り、握らされたのはのは鍵だった。
しかもすっごく古そうで、何の鍵かはまったく分からない。
「あの・・・?」
「うん、持ってて欲しいんだよね」
「いや、それは分かりましたけど。なんであたし?」
その質問に彼はきょとんとした。そう、まさにきょとんって感じ。
当たり前の質問のはずなのに、なんだか訊いた私がバカみたいだ。
怪訝な表情を浮かべると、彼は言った。
「だって、おまえはここに来たから」
・・・もう、ますます分からない。考えるのは無駄なんだろうか。
そんな調子で、会話は続く。
「・・・はあ、でも、どうやって返せば」
「いいよ、返さなくて」
「・・・・・・・・・はあ」
「おれがそれを取りに行くからさ」
「え、ああ・・・。じゃあ、連絡先を」
「いらないよ」
「・・・いや、それじゃ取りに来れな」
「おまえさ」
「・・・マコです」
彼は、少し震えた。
そうして少し戸惑うように、薄い唇にその音を滑らせる。
「・・・・・・・・マコ、」
「・・・・・・・・は、い」
「・・・・・・・・好きだよ」
「・・・・・・・・・・・・・はい!?」
今何て言った、この男。
好きだって、言った?
(・・・・・・・まったく理解、できない)
男は固まったマコをみて、一瞬哀しそうに笑ったようだった。
気のせいだと思うほど、すぐにそれは消えたけど。
「ごめん、今の忘れて」
「え」
「じゃ、また」
「え、あの。ちょっ待って!」
「なあに?」
「なにって・・・その、あ、名前!あなた名前は?」
また、さっきの哀しそうな表情が一瞬。
でもすぐ普通の顔に戻って、告げた。
「嵩」
「・・・・・すう」
「うん。それだけ?」
いや、訊きたいことは山ほどある。
あるはずだけど、私の喉は震えなかった。
「・・・・・・・じゃ、また」
いつの間にか止んでいた雨は、今はお日さまの光を浴びてキラキラ光っていた。
その輝く世界に一歩踏み出した彼の背中に、私は。
私は、手を伸ばすことが出来なかった。
ただ、好きだと言われたことよりも
なによりも
マコ、と自分の名前を呼んだその声が、離れなかった。
ぎゅ、っと さっき渡された鍵を握り締める。
このもやもやは何?
あいつの勝手さに振り回されたから?
違う ちがう
これは
ズキン
「つっ・・・」
考えるなって、ことか。
ズキズキと痛み出した頭の中で、ぼんやりとマコは思う。
家に帰ったらシャワーを浴びて、薬を飲んで、早めに寝よう。
偏頭痛が起こる日は、いつもそう。
何かあるけど、その先に行くことを拒まれるのだ。
だからマコは無理をしない。そういうものだと思って納得していた。
けど、今。どうしても知りたいと思うのは、どうして-------------?
「ああ、もう!知るもんですか!!」
半ば自暴自棄になって叫んだマコは、ふうっと息を吐き、
置いてあったバッグを肩にかけた。
水を吸ったそれはいつもよりもずっしりと重い。
自分の身体も、制服と頭痛のせいでこれまた重い。
おまけに冷えて、うまく動いてくれないし。
(ほんっと、散々だ)
・・・・・あの人の事が、離れない。
けど踏み込んでははいけない気がする。
(やっぱり気にしないことにしよう)
鍵を預けられた、それだけだ。
そう思って、まだ手の中にあった鍵をポケットの中に押し込んだ。
ザッと光の世界に足を踏み出す。そのまぶしさに、目を細めた。
"----------------雨の日に、会いに行くよ。"
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